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10月, 2018の投稿を表示しています

平成30年度宮崎神宮大祭「神武さま」(復路)

2018年10月28日、宮崎の秋の風物詩、宮崎神宮大祭の復路が執り行われました。通称「神武さま」の愛称で親しまれている宮崎神宮大祭御神幸祭は、明治9年から始まった140年あまりの歴史を誇る宮崎を代表する祭りです。 【宮崎神宮御神幸祭】  神武さまを自分のお宮として信仰してきた町民が、お宮までの道のりが遠く、親しくお参りすることができないため、「せめて一年に一度御神幸を願って一家をあげて心ゆくまで拝ませてください」という嘆願書を提出したことが始まりです。明治9年から始まり、明治42年頃から今のような形式になったと言われています。 今日まで地元の人々の信仰と親しみに支えられ、受け継がれてきた神武さまを、これからも絶やすことなく後世へ残していきたいものです。(「宮崎神宮 神武さま」パンフレットより) 【御神幸行列】 ・御獅子 ・稚児行列 ・御鳳輦 ・稚児行列 ・流鏑馬 ・宮崎神宮摂社皇宮神社こども神輿 【神賑行列】 ・宮崎学園高等学校吹奏楽部 ・アマテラス(天照大御神) ・日向木剣踊り ・神武天皇東征「おきよ丸」 ・神武こども太鼓こども獅子 ・神々のパレード ・姉妹都市・奈良県橿原市 ・三股町立三股中学校吹奏楽部 ・細島みなと祭り・太鼓台 ・ミスシャンシャン馬 ・人力車レディ ・宮崎市立久峰中学校吹奏楽部 ・宮崎まつり百景「青島臼太鼓踊り」 ・宮崎県立宮崎農業高等学校吹奏楽部 ・宮崎まつり百景「小園臼太鼓踊り」 ・南部九州高校総体2019 PR隊 ・JC太鼓

平成30年度宮崎神宮大祭「神武さま」(往路)

2018年10月27日、宮崎の秋の風物詩、宮崎神宮大祭の往路が執り行われました。通称「神武さま」の愛称で親しまれている宮崎神宮大祭御神幸祭は、明治9年から始まった140年あまりの歴史を誇る宮崎を代表する祭りです。

【宮崎神宮御神幸祭】
 神武さまを自分のお宮として信仰してきた町民が、お宮までの道のりが遠く、親しくお参りすることができないため、「せめて一年に一度御神幸を願って一家をあげて心ゆくまで拝ませてください」という嘆願書を提出したことが始まりです。明治9年から始まり、明治42年頃から今のような形式になったと言われています。

今日まで地元の人々の信仰と親しみに支えられ、受け継がれてきた神武さまを、これからも絶やすことなく後世へ残していきたいものです。(「宮崎神宮 神武さま」パンフレットより)


【御神幸行列】
・御獅子
・稚児行列
・流鏑馬
・御鳳輦
・稚児行列
・流鏑馬

【神賑行列】
・宮崎学園高等学校吹奏楽部
・アマテラス(天照大御神)
・日向木剣踊り
・神武天皇東征「おきよ丸」
・神武こども太鼓こども獅子
・神々のパレード
・小林市立小林中学校吹奏楽部
・有縁交流都市・秋田県大仙市
・高岡町たかふさ保育園
・細島みなと祭り・太鼓台
・青島臼太鼓踊り
・宮崎市立本郷中学校吹奏楽部
・下長飯ジャンカン馬
・日向ひょっとこ踊り
・ミスシャンシャン馬
・人力車レディ
・宮崎県立宮崎西高等学校・附属中学校吹奏楽部
・JC太鼓




神武さま前の準備中のテントが強風に煽られるもけが人なし。

2018年10月27日12時40分ごろ、宮崎神宮大祭『神武さま』関連のイベントの準備をしていたテントが、テントを押さえていた「おもし」ごと5メートルほど飛ばされました。テントは、車道の右折レーンに落ちましたが、幸いにもけが人はありませんでした。


私が横断歩道を渡った直後に、交通事故か!と思うような大きな音とともに飛ばされたようです。宮崎の秋の風物詩、宮崎神宮大祭、通称『神武さま』の往路の御神幸行列が行われる前で、かなり人は多かったのですが、幸いにもけが人はありませんでした。





日向十五夜まつり2018~2日目のパレード~

2018年10月6、7日、宮崎県日向市で行われました「日向十五夜まつり」の2日目のパレードの模様の一部です。

タイムラプスでお祭りの様子も撮影しています。

どうぞご覧ください。



県北三大祭りのひとつに数えられる日向十五夜祭りは、富高八幡宮の祭礼がルーツといわれています。その創建の由来は約800年前、壇ノ浦の戦いにまでさ かのぼります。椎葉に逃げ落ちた平家の落人を追って日向富高までやってきた、那須与一、工藤祐経の二人の武将が、士気を鼓舞するために鎌倉の鶴ケ岡八幡宮 から勧請してこの地に創建したもの。その後、五穀豊穣の祈願と収穫感謝のためのお祭りが続けられ、中秋の名月の日に行われていたことから「十五夜さん」と 呼ばれるようになったようです。(日向商工会議所HPより)

日向商工会議所