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うつ病







 うつ病は「現代病」で、誰にでもうつ病にかかる可能性はあります。

 
 しかし、私はうつ病を周囲から理解されず、とてもつらい思いをしたことがあります。
 上海日本人学校から宮崎へ戻り、串間市の小学校へ赴任しました。田舎なので、「日本人学校にいた」ということで、保護者だけではなく、地域の人、同僚からも少し変な目で見られていました。「エリートなんだろうね」とか・・・

 と同時に、管理職からは期待され、すぐに当時の文部省の研究指定校になり、私が研究主任になりました。

 担任から外されて、週9時間だけ授業(理科専科)を行い、残りの勤務時間は校長から与えられた個室に入り、研究に没頭する毎日でした。

 当然、職員室で同僚と世間話をする機会も少なく、文部省や教育委員会との電話連絡に追われたり、管理職から研究の進捗状況を聞かれたりと、気が休まらない日々を過ごしていました。

 週9時間とはいえ、理科専科で授業を受け持っていましたので、教材研究や実験の準備もあり、必然と土・日の休みの日も学校にいました。

 当時、5歳と2歳の2人の子どもがいましたが、ほとんど子どもと接することはなく、子どもが起きる前に出勤し、子供が寝たあとに帰宅。妻とのすれ違いも多かったです。

 そのような生活を3年続けました。

 研究発表を終え、すべての研究を終えた翌年の4月、妻と子どもが家を出ました。

 私は学校で「パニック障害」を起こして倒れました。


 1999年4月20日です。この日は今でも忘れられません。


 朝、校長室での打ち合わせの際、何故か私は立ち上がり、「校長、何を考えているんだ!」と吐き、そのまま、パニック障害となり倒れ、意識を失いました。何が原因だったのか、分かりません。話によると、私は裸足で外に出て、何かを叫んでいたようです。それも覚えていませんでした。

 その後、落ち着きを取り戻したものの、帰宅すると、妻と子どもが実家に帰っていました。


 学校でボロボロになり、家庭でも・・・。


 精神が壊れていくのが分かりました。
 

 朝、起きるのが億劫になり、やっと起きても始業開始ギリギリ。教頭に電話して、遅れて出勤することも。しかし、ゴールデンウィークを境に、出勤できなくなってしまいました。

 妻も子どももいない部屋で、食事もろくにとることなく、ぼーっと過ごす日々が続きました。

 これではいけない、と思いつつもどうしようもない。


 「自分は一体どうなったんだ?」


 ラジオで「うつ病」のことを知り、新しく「心療内科」という科目ができたことで、病院に足を運びました。それから私のうつ病治療が始まりました。



 うつ病治療のために、いわゆる「閉鎖病棟」に入れられたこともありました。ここはきつかったです。治療と言えば薬だけ、あとは鉄格子の病室で、毎日、ぼーっと過ごすだけ。3か月ほどいました。

 そうこうするうちに症状も良くなり、医師から職場復帰の診断書をいただきました。


 しかし、教育委員会の判断は、復帰はダメ。


 せっかく、職場復帰を楽しみにしていた私は、自殺未遂をはかり、再び病院へ・・・。

 せっかく治ったうつ病でしたが、うつ病に対する職場の理解はありませんでした。


 おまけに、大阪府池田小事件が私を追い詰めることに。

 「オタクの小学校の教師にうつ病がいるようだが、精神的に大丈夫か?」という匿名の電話。これがますます私を学校に居づらくさせてしまいました。保護者からの電話だったとあとで分かりましたが、理解のなさのなせることです。

 結局、職場復帰することはなく、2002年11月、子どもたちとのお別れ会もなく、静かに学校を去りました。

 その後も治療を続けていましたが、不思議なことに学校を辞めたことでうつ病は完治。その後も再発することはありませんでした。

 主治医の先生が、「学校という職場を捨てたことで病気が治るって皮肉だね」と言われましたが、病気を治すためには学校をやめて正解でした。


 妻も子どもも仕事もすべてを無くしましたが、その結果、「うつ病」は完治しました。

 なんか、究極の選択のようですが、うつ病を抱えながら苦しんでいる人も多いかと思います。私の場合は極端な例かもしれませんが、それでも完治するまでに3年ちょっとはかかりました。

 私はほぼ一人でうつ病を治しましたが、できれば周囲の人の理解と協力を得ながら治していくのがベストだと思います。

 うつ病は心が風邪を引いた状態だと言われていますが、まだまだ誤解の多い病気です。

 と同時に、何でもかんでもうつ病のせいにする風潮も許せません。

 病気に対する理解が必要です。

 がんばらなくていいのです。ゆっくりでいいのです。

 正しい理解と治療に対する意志さえあれば、うつ病は治ります。

 心が風邪をひいただけですからね。

 現在、うつ病の治療をされていらっしゃる方、ちょっとなんだかつらい方、少しでもお話をすれば心が楽になるかもしれません。

 私は、前半は薬物療法、後半は「認知行動療法」を行いました。薬物療法よりも認知行動療法のほうが効果があるようなお話も聞きます。
 
 「こころのカフェ」みたいなカタチで、うつ病に関するちょっとお話し合いができるばがあると良いなあと思っています。


 その時は、お声をかけてください。どこでも出向いてお話をお聞きします。

 どうぞ、よろしくお願いいたします。


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【Android au IS04不具合戦争?】auお客様センター上席責任者からの回答

午後2時50分過ぎ、auお客様センターからお電話がありました。

 でも、前半のお電話のやりとりって、これほどまでに客である私の情報が、担当したオペレーターを通じて上席責任者に伝わっていなかったんだろうと、auお客様センターの対応に呆れてしまいました。そういう体質なんでしょうか?




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上席「いや、昨日、大谷様から私どものオペレーターにそのようなお話があったようで、責任者である私のほうで手配いたしました。」

私「え?そんなことで上席責任者に電話を取り次いでくれとオペレーターさんにお願いした覚えはございません。」

上席「そのように承っておりますが・・・」

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ということで、私が昨日、責任がとれる上席者に電話を取り次いで欲しいと言う内容が、いつの間にか、auのほうで、「代用機の手配」に変わってしまっていました。

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■■

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上席「はい。私どもがご説明できるのは、昨日の担当が申し上げましたように、調査結果は原因不明なので、お客様にはお近くのauショップにIS04を持ち込んでいただき、基盤交換をお願いしたく、その旨をおつたえするだけです。」

私「これまでの説明を聞いていると、基盤交換をすれば治る可能性があるしか言わない。裏をかえせば、基盤交換をしても直らない可能性…

宮崎県日南市で持ち上がった『イクボス』市長のセクハラ・パワハラ疑惑?

【追記:2017年2月24日午前11時45分
 2月24日午前、崎田恭平市長代理人の弁護士からの『文書削除申入書』を受け入れ、本文の一部を削除しております。





☆日南市とは


 宮崎県日南市は、宮崎県の南部に位置し、東に日向灘を臨み、西は都城市・三股町、南は串間市、北は宮崎市に隣接している。2015(平成27)年10月1日現在の国勢調査で、人口は54,090人。平均気温は18.7度で、年間を通じ温暖な気候のため、日本プロ野球、広島東洋カープのキャンプ地として知られている。(データは日南市ホームページより


 この日南市と言えば、2013(平成25)年、日南市の中心市街地・油津商店街の再生を進めるために月収90万円で「現地在住型の日南市テナントミックスサポートマネージャー」を募集したことが話題になった。

2015年11月には核となる『多世代交流モール』がオープン、テナントミックスサポートマネージャーの公約である『商店街の中に20店舗誘致・出店』もほぼ達成され、この3月に任期を終える。
 また、油津港には大型クルーズ船が寄港するようになり、今年は12(すでに1船は寄港済み)の大型クルーズ船が寄港する予定である。


☆崎田恭平市長とは

 日南市は少しずつ活気を戻しつつあるが、この立役者の1人が崎田恭平市長である。

【宮崎市民必見!】宮崎市議会内村健久市議、不倫訴訟に「議員活動の妨害」と主張するも不倫を認め、判決は2016年5月18日

【宮崎市民必見!】宮崎市議会内村健久市議、不倫訴訟に「議員活動の妨害」と主張するも不倫を認め...投稿者 skywalker11




2016年4月21日のTBSテレビ・Nスタ内のコーナー「マルトク特命取材班」で、全国報道。

しかし、放送のあった時間帯は、地元宮崎の系列局であるMRT宮崎放送では「ニュースNEXT」というローカルニュースを放送。

このようなニュースが全国に流れていることだけではなく、内村健久市議が不倫で裁判沙汰になっていること自体を知っている市民・有権者は少ない。

内村市議の不倫相手は宮崎市役所職員の妻。

2年前、その妻が結婚式を挙げる前後から不倫。

夫が妻の様子を不審に思い、LINEを確認したところ、不倫が発覚。LINEには内村市議と妻との生々しいやり取りが。ホテルで密会を繰り返していた。

内村市議は、市議会で子どものLINEの使い方について発言。その市議本人がLINEで・・・

夫は妻と別居。

内村市議には妻子がいる。

昨年3月、夫は内村市議に対して慰謝料請求を行ったが、代理人からの回答書には「そのような事実はなく内村とは無関係」と不倫関係を否定。

昨年、市議選選挙前であることをいいことに、内村市議は開き直りの態度。また、訴えは議員活動への妨害であるとまで言い出す始末。

再選を果たした内村市議は子ども・子育て支援対策特別委員会に所属している。

慰謝料支払いに応じない内村市議に対し、夫は昨年6月裁判を起こしたが、内村議員側の主張は不当訴訟だとして不倫を否定。
夫は証拠としてLINEの記録を提出すると、内村市議は不倫事実を認めて男性に対しようやく謝罪した。



裁判は2016年5月18日、宮崎地方裁判所で結審する。



それを受けて内村健久市議は、議員辞職を含めて今後の対応を考えるとのこと。