1993年4月から96年3月まで、上海市に住んでいました。
上海日本人学校に勤務していたためです。
当時の人口は約1500万人。人口35万人の宮崎市から、東京よりも人口の多い上海市に移り住んで、当初、戸惑うことも多かったのですが、慣れてくるに従って、「?」ってことは多かったですね。
中国人を擁護するわけではありませんが、すべての中国人が「道徳心がない」とか、「見て見ぬふりする」とかは思いませんが、あれから15年。中国は変わってしまったのでしょうか?
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2011年10月18日、中国・環球網は、広東省仏山市で起きたひき逃げ事件を取り上げた。中国国内のみならず、海外メディアも注目している。
13日、仏山市で凄惨なひき逃げ事件が起きた。
ある路地で、ワゴン車が2歳の少女・悦悦ちゃんに衝突。そのまま走り去った。地面に横たわり動けない悦悦ちゃんを、通行人は見て見ぬふり。監視カメラがとらえた映像では、なんと18人が瀕死の少女の脇を通り過ぎている。その間にやってきた別の車が悦悦ちゃんをひいてしまうという第2の事故まで起きてしまった。
「中国人民の恥」「中国社会はどうなってしまったのだろう?
ニュースを見て寒々しい思いがした。この荒廃をいかにして終わらせるか、全員で考えなければならない」との中国ネットユーザーの声を、英ロイターが紹介。格差社会化が進む中、社会の価値観が変化していることが大きなテーマになっている論じた。
一方、道徳心の問題ばかりがクローズアップされていることを懸念する人もいるという。
米誌タイムによると、道徳心ではなく法律制度こそが問題との意見もある。その象徴とも言えるのが2006年の彭宇事件だ。
街で転倒した老人を助け起こした青年・彭宇(パン・ユー)さんが、その老人から「この青年に突き飛ばされた」と訴えられた。裁判所は「自分で突き倒したのではなければ、助け起こさなかっただろう」との推論から、一審では有罪判決を下した。
世論の批判が高まり、二審で和解したがその条件は明らかになっていない。今回の事件を受けて、「リスクを考えれば、自分も見て見ぬふりをしたかもしれない」との声も上がっている。米紙ウォール・ストリートジャーナルは人助けした人が守られ、支援されるような法制度が必要だと指摘している。
(翻訳・編集/KT)
(出典「根底にあるのは道徳心の欠如?法制度の不備?=少女ひき逃げ・放置事件で論議―中国」)
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馬鹿か、中国人は!
と声を大にして言う代わりに、文字を大きくして色と下線をつけて、大きく言いたいですね。
「道徳心の欠如」とか、「法制度の整備が必要」とかの議論の前に、人間として終わっています。
私が知っている中国は、15年経って変質したわけでもなんでなく、
「これが中国の本質だ」ということ。
次は、中国が世界の覇権を握るのではと、誰が言っているか知りませんが、目の前で交通事故にあった女の子ひとり助けられない中国人が、世界のことをどうのこうのいうのは、100年、いや、1000年以上早いです。
記事中の言葉に「今回の事件を受けて、『リスクを考えれば、自分も見て見ぬふりをしたかもしれない』との声も上がっている。」ってあるけど、リスクってなんだ?
やはり、中国人は馬鹿だ。
久しぶりに中国を旅行したいと考えてもいましたが、もう、再び、中国を訪れることはないでしょうね。
<世論調査>80%が「中国社会の道徳は後退した」と回答=少女ひき逃げ放置事件―中国―【私の論評】経済よりも社会を優先する日本、その正反対の中国!!?
返信削除ブログ名:「Funny Restaurant 犬とレストランとイタリア料理」
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こんにちは。全くおっしゃるとおりだと思います。この事件に関して、多くの日本人が、憤りを感じているようです。実は、この理由として、2つほど、歴史的背景があります。一つは、多くの人は、マスコミがまともな報道をしないことから、あまりそうは感じてはいないでしょうが、日本では、昔から経済よりも社会の安定を優先してきたし、ここしばらく、諸外国に比較すれば、さらに社会が安定化傾向にあります。一方中国では、鄧小平を起点として、いわゆる「改革開放」という名の改革が行われてきましたが、この改革「富めるものから富め」というように、社会は無視して、経済一辺倒のものでした。その成れの果てが、現代中国の今回の放置事件を含む、大きな社会不安です。これほど、社会が不安定化していては、経済成長も長続きはしません。どこかで、体制を変えなければ、いずれ経済も破綻することとなります。詳細は、是非私のブログを御覧になってください。